フェルディナン・ファーブル通り


 昼寝をした。夢を見た。何度目を覚ましてもまた夢の中という無限ループのような夢だった。目覚めると、帰っていく息子の恋人の後姿を、女房が窓からじっと見詰めていた。昼前には、一緒に昼食を食べようと云っていた息子とその恋人を待っていた。ところが、一時半過ぎるというのにまだ来ない。妹が兄の携帯に電話をする。今アパートの下にいるからすぐに上がるという。さらに十五分。痺れを切らして、窓から舗道を見下ろすと、息子とその恋人が話しこんでいる。息子の指が彼女の頬を流れる涙を拭っているのが、四階の窓からも分る。妹は知っていたと云う。息子とその恋人は二年くらい一緒にいた。家に何度も泊まっていったし、何度も一緒に食事もした。明晰で落ち着きのあるとてもいい娘だ。大火傷をして落ち込んでいる時や、進学準備期間中にアキレス腱を切って苦しんでいた時期に、息子は幾度となく彼女の存在に救われたに違いない。息子のことでは、母親もとても感謝をしている。それから、二人で上がってきて、まるで何も無かったかのように五人で食事をした。共通の友人の話や、冬休みのスキーの話。当たり障りの無い季節の話。息子は九月からニースの寄宿舎にいる。それでも月に一度くらいの頻度でパリに戻ってきては、実家より多くの時間をパリの彼女のアパートで過ごしていた。でも、妹によると、その彼女とは最近別れたらしい。とすると、今日は彼女が家に来る最後の日なのか?なにも云わずに我々と最後の食事を一緒にしたということか?食事が終わり、ワインの酔いのせいで、ソファで少し眠ってしまった。無限ループの夢から醒めると、彼女は出て行ったばかりだった。息子は自分の部屋にいる。妹も自分の部屋にいる。舗道を遠ざかっていく彼女の後姿を、居間の窓から女房が黙って見下ろしていた。

「春風の花をちらすと見る夢は覚めても胸のさわぐなりけり」(西行

事情は知らない。でも、なんか切ないな。