運河の夕暮れ


今日も気温は三十度を超えた。東からの強い風が山火事の灰を運んできて、庭の椅子が黒ずんでいる。

昨日は久しぶりに夢を見た。ずっと昔の夢だった。ずっと昔に住んでいたアパートに帰ろうとしている夢だった。ある私立大学の名前のついた通りを、山手線の駅から歩いてアパートに向かっている。その通りは四年間通っていたけれど、本当はそんなところに住んだことはない。広い通りから路地に入ると坂道がある。その坂道を急ぎ足で下っている。自転車が猛スピードで俺を追い抜いていって、突然目の前で転倒した。自転車に乗っていたのは、頭のてっぺんに鶏冠のように髪の束を尖らせた若い男で、地面に倒れこんだまま膝から血を流している。それから、倒れたまま俺を振り返り、まるで俺がその転倒の原因でもあるかのように俺を睨みつけている。俺は、その脇を何もなかったかのように通り過ぎる。早くアパートに帰らなければならないのだ。関西に就職が決まって、それをアパートで待っている女に知らせなければならないのだ。もう数日俺はそこに戻っていなかった。早く行かなくちゃ。俺は遅れていた。もう間に合わないかもしれない。今度は長い緩やかな上り坂だ。平たい東京にしては坂の多い街だった。もうすぐ日が暮れようとしていた。街灯がぽつりぽつりと灯りだす。パン屋の前を通り過ぎる。朝から何も食べていないことを思い出す。ジーンズのポケットを探るが金はない。上着の内ポケットから財布を取り出そうとして、頭に鈍い痛みを感じる。右手を内ポケットに突っ込んだまま、左手を頭に当てる。生暖かい液体の感触が手のひらに拡がる。振り返ると鶏冠の男が金槌を手に立ち尽している。その金槌の先から血が滴っている。その男の像がゆらゆらと揺れながら、急速に意識が薄れていく。もう、間に合わないかもしれない。

そんな夢だった。