オニー


 今週は夏らしくなって、昨日は蒼い空一面に「わた雲」が広がっていた。正式には「積雲」、フランス語では"cumulus"というらしい。会社を早退して、まだ陽の高い夕方パリに戻った。それから、久しぶりにあても無く街を散歩した。アパートに帰り際、地下鉄の入り口に白いTシャツにジーンズという出で立ちの若者が立って、じっとこちらを見ている。遠くからゆっくりと近づいていくのだけれど、目を離さずこちらを睨んでいる。東洋人にしては比較的彫りの深い顔に刻まれた暗い影は、処理しきれないエネルギーを持て余して苛立っているかのようだった。すれ違いざまにもう一度見ると、彼は身動きもせずに遠いある一点をじっと睨んだままだった。その視線の先には、バカンスで閑散とした路面電車の停車場があるだけ。よく分らないが、一瞬二十歳の自分がそこにいるような錯覚に陥った。