ベルサイユ広場


 モンパルナスで、ウディ・アレンの最新作『カサンドラの夢』を見た。あちこちにインテリが喜びそうな所謂「アレン節」の効いた会話を織り交ぜながらも、結局は『マッチポイント』のB面のような映画だったよなあ、とつらつらパーティの場面の会話を思い出しながら電車を降りた。ぼんやりしながら地下鉄通路の出口に向かっていると、扉をじっと押さえて十メートルも離れた僕を待ってくれている若者がいる。毛並みのいいシェパード犬を連れ、ガードマンが着るような濃紺のつなぎを着たその青年は、モノプリ(パリのスーパーマーケット)の前を数人の仲間と占拠しているSDFの一人だった。SDFは、"Simple Document Framework"でも"Space Development Forum"でも"Selp-Defense Force"でもなくて、フランス語で"Sans Domicile Fixe"、つまり「路上生活者」。

 「ありがとう」と言いながら少し早足に扉に急ぐ僕に、「急がなくていいよ。俺には時間は余るほどあるんだから」と彼は寂しげに微笑んだ。