Triel-sur-Seine

 午後は私用で早退した。少し時間があったので途中"Triel-sur-Seine"という街を少し歩いた。車を止めて石塀に挟まれた細い坂道を降りるとセーヌ川に突き当たる。 
 五年ほど前に、会社の同僚がパリからセーヌ川沿いに出来るだけ遠くに行こうと下流目指して車を走らせたらしい。家族はアジアへ帰っている。家には誰もいない。晴れ上がった四月の日曜日で予定はなにもない。そのままルーアンを抜けてル・アーブルの港、ドーバー海峡まで行ってもいいのだ。夜には帰ってこれる。そう思い立つとなんとなく胸がわくわくしてくる。なんて俺はロマンチックなんだ、とそこまで自己陶酔に陥ったかどうかは知らない。まずはエッフェル塔の前から左岸を南西に向かう。"Boulogne-Billancourt"で大きく迂回して北に進路を変える。"Suresnes"辺りで北東を目指し"Defense"を左手にセーヌ川を右手に快調に車を飛ばす。空は青く東には飛行機雲が走っている。なんて気持ちのいい朝なんだ。でも"Asnieres-sur-Seine"辺りで雲行きが怪しくなり、A86の下をくぐるともう先が長くないことが分る。工業地帯に突入すると左岸沿いの道は大きな倉庫の手前で直角に曲がり、もうセーヌ川へは戻ってこない。こうして彼の日曜日の冒険はあっけなく終わったらしい。

 そのセーヌ川がさらに四回ほど蛇行を繰り返した下流にこの街は位置している。直線距離でパリから30キロくらいだけれど、もし彼がセーヌ川沿いここまで辿り着いたとしたら、120キロ以上は走ったことになっただろう。セーヌ川沿いのピトレスクなこの街も低く垂れ込めた雲に覆われ、人気のない河岸は寂しげだった。生暖かい風が川沿いに東から西に吹き抜けていった。